AI企業はなぜストリート文化の聖地にオフィスを構えるのか
みなさん、こんにちは。暑い夏をいかがお過ごしですか。私はニューヨークに行ってきまして、現地での気になる状況をお届けしたいと思います。
最近、Open AIやAnthropicなどのAI企業が、ニューヨークのおしゃれなエリアにオフィスを構えているのをご存知でしょうか?
OpenAIが新たにニューヨーク拠点として選んだのは、マンハッタンのダウンタウン、ノリータ(Nolita)地区のラファイエット通り(Lafayette Street)に建つPuck Building(写真、筆者撮影)。日本で例えるなら、表参道から渋谷のエリアとでもいえるでしょうか。そのシンボリックなビルにオフィスを構えたのです。
実はこのラファイエット通りは、世界的人気ファッションブランドのSupremeが1990年代前半に第1号店をオープンした、ストリートファッションの聖地ともいえる場所です。私は90年代後半、そのすぐ近くにあるTriple Five Soulというお店に通っていて、周辺で若い男性たちがスケートボードをしていたのをみかけました(ちなみに、Supremeはすでにこの通りを離れて近くのもっと大きな店に移りました)。
つまり、現在のOpenAIのニューヨーク本社と、かつてSupremeが店を開いた場所は、通りを挟んで斜め向かいにあります。スケーターが滑っていた通りに、AI企業がオフィスを構えているのです。さらに、ライバルであるClaudeをつくったAI企業のAnthropicは、SoHoの西隣、トライベッカ(Tribeca)に接するハドソン・スクエアにオフィスを構えています。

Puck Building
なぜAI企業は、ミッドタウンの超高層ビルのオフィス街(ロックフェラーセンターやフィフス・アベニュー周辺)ではなく、こうしたおしゃれなエリアを選ぶのでしょうか。それは、AI業界では優秀なエンジニアの採用合戦が熾烈だからだといわれています。20代〜30代のエリート層のトップエンジニアたちは、スーツを着て通うオフィス街を好まない。クリエイティブで、周辺におしゃれなレストランやカフェがあり、プライベートと仕事が融合するライフスタイルを求めているそうです。
そして、彼らの多くが住まいに選んでいるのが、イーストリバーを挟んだ対岸にあるブルックリン(Brooklyn)のおしゃれエリア(ウィリアムズバーグやダンボ、グリーンポイントなど)です。ダウンタウンにオフィスがあれば、ブルックリンからは地下鉄で30分程度で着くでしょう。
90年代のヒップホップ聖地から「ジェントリフィケーション」の象徴へ
実は、私はコロンビア大学大学院生だった90年代後半、一時期ブルックリンに住んでいました。当時は犯罪率が高く、場所によってはかなり危険なエリアがありました。
ラッパーのJay-Z(ビヨンセの夫としても知られていますね)は、マーシー団地(The Marcy Houses Projects)といわれる公営住宅での貧困やドラッグディールの過酷な生活をラップしていましたし、Notorious B.I.G.(ビギー)は、かつて荒れていたベッドスタイ(Bed-Stuy)地区でのストリートのリアルを描きました。

映画 Do the Right Thing (1989)の舞台にもなったベッドスタイ
当時のブルックリンは、ヒップホップ・カルチャーの中心地だったのです。それが今や、劇的なジェントリフィケーション(高級化)を遂げました。私が5年程前に、かつて住んでいたアパートを再訪したときは、90年代との違いに衝撃を受けました。当時の住民の大半はカリブ系黒人たちで、近所にあるスーパーには食べたらおなか痛くならないかと真剣に悩んだ激安牛肉やしなびた野菜しかおいていませんでした。それが今では、通りに白人が増え、オーガニック商品を売るおしゃれなスーパーができていたのです。
近年の急速な再開発と家賃高騰にともない、高級化したエリアの一部では、住民の半数以上を白人や高所得者層が占めるようになったといいます。かつてはラッパーが描いたハスリングの街を象徴していたブルックリンでも、ウィリアムズバーグのような地域では、今や1ベッドルームの家賃が月額60万円を超えるほど様変わりしたのです。
高級化したエリアでは、治安はよくなった反面、90年代から2000年代前半に私が見かけたストリートで談笑する若者たちや文化は消えていました。渋谷と似たように、高級化で消えたストリート文化のイメージや記号を消費するようなエリアになったともいえるでしょう。なんだかせつない気持ちでニューヨークを後にしましたが、同時に次に取り組みたい研究テーマが浮かんだ旅となりました。
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